「メディアコマース」という言葉をご存知でしょうか?
最近は小売の世界ですら、このメディア戦略が流行っているようです。
カタログ通販的なECではなく、雑誌風の特集コンテンツやコラムなどを発信する「メディア」として運営し、そこにEC機能を付加するようなイメージだ。単に情報発信だけで完結する従来型メディアではなく、購買に繋げるメディアを作ることがメディアコマースの本質といえる。
このメディアコマースで軸になっているのが、「ストーリー」という言葉でして、どんな人にどんなシーンで使ってもらいたいのか、その商品を手に入れることで生活がどう変わるのか、といったことを、「誰が」「いつ」「どこで」「何を」「どのように」「何故」といった5W1H等で構成して提案するところに重きがあるようです。
しかし、実際に小売を実践しておりますと、単に従来のメディアにネットショップ機能を付けたというだけでなんとかなるほど小売は甘く無いな、と強く感じています。
そもそも私はストーリー”だけ”でモノが売れるとは思っていません。むしろ、ストーリーは、接客と同じ役割を成すものだと私は考えております。欲しいなと悩んでいる人の背中を押すこと、これ以上でもこれ以下でもないでしょう。実店舗でスタッフが懇切丁寧に接客して、折に触れてお客様が悩んでいらっしゃる商品の詳細やバックストーリーを教えてさしあげることは、購入の動機付けとしては非常に効果的だと思われます。
しかし、ネットではそれができない。だから、”仕方なく”ストーリーなど特集記事を制作するなどして、なんとか読んでもらえるようにしようとしているのです。そういった意味では、実店舗を軸とした販売戦略を計画なさっている方々は実に賢明で、今時オンラインだけで、しかも価格勝負せずに小売をやろうとするのは、それこそアドベンチャーだと思います。
モノを売るにあたって、何よりも大切なのは、”明確なメリットないし話題性、そしてそれが、各人のその時々の「ちょうどいい感じ」に適合すること”、これでしかモノは売れません。だから、クリスマスや正月など、分かりやすい季節イベントはたとえベタだろうと鉄板で大事ですし、広告を含めたあらゆる露出チャネルにできることは、お客様の目に触れる機会をとにかく多くして、なんとかお客様のタイミングに滑りこむことだけなんです。
もちろん、話題性という観点で言えば、お客様発のベクトルを逆転させて、販売側発で話題を作り上げ、お客様の「ちょうどいい感じ」を創出することはできるでしょうし、そういうのが昔ながらの宣伝やPRというものなのかもしれません。もちろん、テレビなどの効果はまだまだ絶大でしょうが、ここで重要なのは、そういうことではなく、”自分以外の判断基準でモノを買うという動機付けがなされる場合がある”ということです。
友達が良いと言ってたから買ってみた、というのはその典型で、自分が身を置いている”信頼可能なコミュニティ”からの影響力を前提にしているんですよね。だから、ソーシャルコマースなんていう試みもありましたが、単にシェアさせるだけじゃあダメで、話題化するプロセスが、消費者の信頼可能なコミュニティとうまく適合している必要があって、これがなかなか第三者が実現するのは難しいんですよね。だから普通に、例えばFacebookなどで、友達が、「◯◯でこんだけ痩せた」とか言いながら、買った商品の写真と自分の痩せた姿をアップしているほうが、より購買意欲をそそるんですよね。もちろんこれって、アンコントローラブルなわけですが、でもそれが自然でよくて、そこに少しでも作為が入るとダメなわけです。
何が言いたいかというと、販売側発でお客様に「ちょうどいい感じ」を創出するのは、遥かに難しく、制御不可能で、制御しようとすると相当な資金と労力を要するということです。つまり、「仕掛け」を十分に計画して実施する必要があるでしょう。しかし、ストーリーでモノを売ると宣っている人たちが意図しているのは、接客同様の後押しというよりもむしろ、こういった逆ベクトルの話題化プロセスであり、限りなく「啓蒙」に近い事態のことではないでしょうか。
でもそれは、信頼可能なコミュニティにお客様を事前に巻き込んでおく必要があり、突然ストーリーだけを偉そうに語られても、文字通り「ウザイ」だけでしょう。たとえ下火とは言え、テレビや雑誌などのオールドメディアは、そういった信頼可能なコミュニティに大勢の人を巻き込むことに成功しているメディアであり、だからこそ、そこでの宣伝には大きな意味があるんです。この辺の本質を取り違えて、資本力も人的リソースも乏しい小売事業者が、ネットなどを使って同じことをしようとしても上手くいくわけがありません。
逆ベクトルの話題化を狙って一発当てようとするのではなく、とにもかくにも一人ひとりのお客様に謙虚であること、扱っている商材の良さを真摯に的確に伝えるべき人に伝えること。話題化させたい、つまり信頼可能なコミュニティを醸成していきたいなら、ちゃんと商品の良さをわかってくださるお客様を大切にし、期待を裏切らないこと。その繰り返し。
こういった地道なブランディング活動があってはじめて、メディアやストーリーといった切り口に本当の価値が生まれるのではないでしょうか。ブランディングの視点のないメディア戦略は、底の抜けた船と同じです。いくら船を大きくしても、どんどん浸水して沈んでいってしまいます。
その商品は、誰が誰のために、いつ、どこで、どのように使えば幸せになれるのか。共感を呼ぶためには具体的であればあるほど良く、それには他所事ではなく自分事として受け取れる状況に顧客を巻き込んでおく必要があるのです。